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入院2

その2
主治医やケースワーカーとの面談で、私が希望したのは
身体がどうしても不自由になっていくのは仕方ないとしても、
なるべく痛みはないようにしてもらいたい、という事と、
幻視があっても、なるべく怖い思いをしないようになってもらいたい
・・という事だった。

最初の頃は車椅子に乗っていることが多かったが
しばらくすると、又歩けるようになって、体も柔らかくなってきていた。

そして入院後4週間ほど経った頃、まだ個室ではあったが、
認知用病棟の方に空きができたので、移動することとなった。

移動先は又個室であった。
そしてこれまでは 着る物やシャンプーなどは私物を使っていたが、
認知病棟では全てレンタルになるという事であった。

移動前の説明では精神科病棟よりも認知症病棟の方が、
リハビリ的なメニューがある・・という話であった。

そして認知症病棟に移動したころから、
認知機能が低下してきているような様子がみえてきた。

面会に行くと、自分が今現在会社にいると言う風に、
受け取っているような会話が増えた。
本人的には病院が会社で、仕事をしているように捉えているらしかった。

退院したいとか今の状態に我慢が出来ないとか
口にする事はなく、むしろ自分はすべき事(多分仕事)をしているという風に
受け取っている様子だったので、私にとってもそれはありがたい事であった。

しばらくはせん妄もあり、落ち着かない様子であった。
身体の方もこちらの病棟でも車椅子になってみたり、歩いていたりと
症状は結構変動があった。

認知症病棟に移動になって1か月半くらい経った頃、
4人部屋の方に移動できることになった。
食事も入院後しばらくは刻み食で、味気なかったが、
この頃普通食となった。食欲はあり完食出来ていた。

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夫の経過 2014年7月から 入院後1

入院後の経過その1

入院後から現在にまでを、おおまかに書いていきたいと思います。

大学病院から直接受入れ先の病院へ移動。
入院の為のケースワーカー、看護師との面談。
その後入院診察を受けた。
その後にCT検査や血液検査など各検査。

入院診察では本人が自殺したい気持ちはない・・とは述べたが、
自殺企図があったという事で、精神科の保護病棟への入院となった。
色々薬を調整して、改善を目指しましょう・・という話であった。

そして病棟へ移動。個室で夜間施錠という対応となった。
1時間ごとに見回りチェックをしてくれるそうだ。

翌日面会に行くと、また夜中にせん妄があったそうで、
それまであった椅子などが片付けられていた。

本人は治療目的で入院した事は納得していたが、
友人知人には知られたくないので、誰にも言わないでくれ・・と言っていた。

そして2日後に、担当のケースワーカー、と担当医が決まった。
ケースワーカーの方が窓口となってくれたので、色々と助かった。

面会に行く度に多少の症状の違いはあったが、
薬の内容などは分からない感じ。

10日ほど経って、担当医、ケースワーカーとの面談があった。
そこで言われたことは・・

・病名としては紹介状にあったようにレビー小体型認知症で間違いないでしょう。
・まだ夜間せん妄があって睡眠状態が良くない。
パーキンソン症状もあるので、これから色々な薬を試しながら調整して行きます。
・この先、症状が落ち着いてきたら、今の病棟から認知症病棟の方へ
移ってもらう事になると思います。
目安としては、3か月で退院できるようになれると良いと思う。
という内容だった。

その後ケースワーカーから、退院後についてどのように考えているのか?
と質問された。
私はまだそのこまで考えられないような感じであった。
ただもっと先には施設にお世話になるようかとは感じていたが。

ケースワーカーは、3か月の間にゆっくり考えてください。
そして老健など検討しているなら、
入院中に見学に行くなどした方が良いでしょう・・と言われた。

夫の経過28 2014年7月 やっと入院へ。

夫の経過28 2014年7月 入院へ。

前回の続き。

薬局で出された薬はジプレキサだった。
帰宅して調べてみるとセロクエルの仲間だが、もっと強そうだ。

しかし、不安はあるが今日の生死にかかわるような状態では
この薬で多少身体の方に支障があるとしても、仕方ないと思った。

そして服用。
私はさすがに今夜はしっかり寝てくれるだろうと思っていた。
しかし、それでもやはり夜中に幻視が出てしまった。

その時は精神的にはそれほど興奮している様子ではなかったので、
大事には至らなかった。

ただ既にその段階で 身体は固まって、歩くのも辛そうな状態だった。
少し話をして落ち着かせてベッドに寝かせた。

そして翌朝。
もう一人では歩けないくらいの状態になっていた。。

立ち上がるのも一人では無理。
歩くにも肩を貸し、トイレではズボンを下す事も難しい。。
薬の副作用は怖ろしい。

そしてこの時一番困った事は 身体が痛む・・という事だ。

動きが悪くなるのも困るが、じっとしていれば凌げるかもしれないが、
じっとしていても身体が痛いのはどうしようもない。
家にあった鎮痛剤を飲ませたが、それでも痛いらしい。

そしてこれまでも傾眠がちであったが、更にそれが強くなり
すぐに寝てしまうような状態だった。朦朧どんよりした状態だ。

一体これからどうなってしまうのだろう・・。
どうしたら良いのか?何も考えられず全く先は見えなかった。

そして、前日パトカーが来て、近所にお騒がせしてしまったこともあり、
私はご近所にお詫びと説明に行った。

以前からパーキンソン病であることは話してはあったが、
認知症の事までは詳しく話していなかったので、その点も話した。
ご近所の方々は好意的に話を聞いて下さって、私もほっとした。

そしてその夕方、ジプレキサを前日の量飲ませるのは良くないと
考え、(以前セロクエルも効きすぎるなら減らして下さい・・
と言われた事も思い出し)、ただ妄想が出ても困るしと
結局処方された半分の量を服用するようにした。

夫は早い時間にもう寝てしまって、少しほっとしたが、
何と、翌朝又しても早朝に三回目の警察出動となってしまった。

身体の痛みが酷くて、朝5時頃に思わず110番してしまったそうだ。。
(うまく会話することも出来なかったらしいが、)

一昨日の事情が通達されていたのか、2人の警察官が来宅した。
今回は事情が分かっているので、すぐに話は済んだ。

私も毎日のような事で、申し訳ない気持ちではあるが、疲労も溜まっていて
もうどうにも管理できないような状態だった。

その後、夫は頭がはっきりしている時に
とんでもない事になってしまったと感じたらしい。

その辺はレビーなので、しっかりしている状態の時の判断力などは
ある程度保たれている。

結局又一昨日に続いて、朝から大学病院へと向かった。
夫はもうほとんど歩けない状態だった。

何とか車に乗せて、病院の玄関でサポーターの方に車椅子を用意してもらって
精神科へ連れて行ってもらった。
(私は駐車場に車を入れて、後から精神科へ。)
今回診察してくれたのは若い医師だった。

事情を説明し、ジプレキサ服用の話をしたら、その医師は
「どうして○○先生はジプレキサなんか処方したのかなあ?
レビーにはマズイんだけどなあ?」と首を傾げていた。
(やっぱり、と私は思った。)

そして夫本人も、もう自分でも自分が怖いというか、家にいるのが怖いというか
このままではマズイ、入院して何とかしてもらいたい
・・という気持ちでいたらしく、
入院させてください・・と強く希望した。

しかしそこの大学病院はベッド満床で、来週まで待っている人がいるそうで、
今日中に入院は無理とのことだった。

けれど夫と同じように私自身も、もうベッドが空くまで自宅で待てる状態ではなかった。
そして緊急入院できる病院を探してもらえることになった。

その際、認知症病棟もあるところを探しますね・・と探してもらえたのが
後になってから良かった事だった。

1時間程待って、やっと受け入れ先が決まった。
幸いなことに、自宅から車で30分くらいの場所にある病院で
受け入れてくれることになったのだ。

夫の経過27 2014年7月 入院への道② 精神科受診。

前回の続き。

その後、朝8時になるのを待って、かかりつけの大学病院に連絡した。
すると運が悪い事に主治医が1週間のお休み中であった。

けれど代診の先生なら見られますと言ってもらえたので、すぐに出発した。

いつもの科の受付で急な受診の理由を聞かれた後、
看護師さんによる予備診察。
続いて医師による予備診察、その後血液検査もしなくてはならず、
代診の医師に診てもらえたのは、もう11時くらいになっていた。

そして代診の先生の診察となったが、そういう自殺企図があるのでは
精神科の先生に診てもらった方が良いでしょう。
ここの科(老年病科)ではこれ以上お力になれません。申し訳ない・・と
言われてしまい、急遽精神科の予約を取って、
午後一番の初診予約で精神科へ行くことになった。
(それならそうと、予備診察の段階で早く言ってよ!という感じだ。)

時間はもうお昼頃。精神科の待合室で売店のお握りを食べて、
診察を待ったが、もうその頃にはすでにかなりの疲労状態だった。

そしてやっと精神科の受診となった。
そこの精神科では初診は専門の医師がするようなシステムらしい。
入室すると、研修医らしい若い医師も二人同席していた。
そしてその担当医師はかなり高齢の医師であった。

大学病院であるからには、研修の場でもあるので仕方ない事ではあるが、
老医師は同じことを何度も質問し、一つ一つ研修医に確認をするような感じで診察が行われて、結局その初診は2時間近くかかってしまった。

生い立ちから始まり、細かく色々質問された。
こんな状態でなければ丁寧な診察でありがたい事かもしれない。

けれど私たちは明け方3時半ころから緊張の時間を過ごし、1時間近くかけて
病院までやってきて、その後も計4時間くらい待っていて、疲労困憊していた。
そして、入院を希望している・・という私たち(夫も入院しなければと考えていた。)の希望を伝えたが、それは叶わなかった。

その老医師の考えは
夜の睡眠の質が悪いので、せん妄が起きると思われる。
何故睡眠薬をこれまで処方されてこなかったのか?
睡眠薬と安定剤を服用して良く寝れば大丈夫だ・・というものだった。

何故睡眠薬を処方されなかったかについては、
パーキンソン症状があり、それでなくとも足元がふらつきやすいのに
睡眠薬を飲むと夜中に転倒の危険が大きくなる・・というこれまでの主治医の判断で服用しないできたものだ。

そしてその老医師から睡眠薬と安定剤(セロクエルでは弱すぎる。もっと効く安定剤が良い、と言われて)新しい薬が処方された。
もっと強い安定剤・・と言う言葉に、レビーの薬剤過敏性の不安を感じつつ薬局へと向かった。

更に続く。

夫の経過26 2014年7月 入院への道のり。警察にお世話になる。

夫の経過 26 トラブルは続く。入院への道

前回の診察の後、セロクエルの服用が始まった。

副作用は僅かだったが、効果も少しあるかないかという感じで、
期待していたほどの効果は感じられないような日が数日続いた。

夜中のせん妄は続いていた。
夜中に不穏状態で私の自室に来ることもあったが、何とやりすごせていた。、
けれど前回の110番騒動から3週間後、また大騒動となってしまったのだ。

今回も夫が家の電話から110番してしまった。
今回は朝方3時半くらい。
パトカーが5台ほど青いライトをグルグル回しながら家の周りに集結してした。

110番の内容は 刃物を持った友人達が 自宅にやってきてケンカしている・・
という内容だったそうだ。

前回は内玄関での聞き取りだったが、今回は数人の警官と刑事さんが
家の中に入ってきた。 
そして私から簡単な事情を聴いた後、一応検めさせていただきますと言われ、
家中を見て回った。

一方夫は、真っ青な顔で汗びっしょりになってブルブル震えていた。
私はともかく椅子に座らせて、冷たい水を飲ませた。

そして座っている夫をよく見たら・・・首に赤い筋が2本くらいついていることに
気が付いた。

驚いて、どうしたのこれは!? と聞くと、
怪物と戦ったんだが、強くて倒せなかった、するとその怪物が
倒せないなら自分の首を紐で縛れ・・と言ったというのだ!!

(この場合の怪物というのは ベッドサイドに置いてあった手すりで
怪物に見えたらしい。
挟み込むタイプでなく置き型で下にかなりの重りがついている。
それが倒れていた。)
 

私は頭が真っ白になった。
今まで幻視に対して戦おうとはしてきたが、幻視に操られて自傷するなど
想像だにしていなかった。

警察の人にそれを伝えると、
「奥さんご主人家に置いておいたらマズイよ!!早く入院させなきゃダメだ!」
病院行ってるんでしょ。早く相談して入院させてやって。」 と言われた。

そして、この紐じゃないかな・・と落ちていた細い紐の切れ端を見せてくれた。

その紐というのは 夫の寝室の天井の照明を
寝たまま消したり付けたりするため
照明の紐に繋げていた細い紐だった。
2本くらいつなげて使っていた。

そして、紐やコードとかベルトとか、とにかく長いものは今すぐに隠すとか処分しなきゃダメだ・・とも言われてしまった。。


刑事さんから、こんな紐では強く力を入れても紐の力が弱いから切れてしまって
致死力はないけど、今後の事があるから すぐにかかりつけ医に相談して
対応しないとダメですよ。と言われてしまった。

そして、私が前回警官から言ってもらった話
(夫のせん妄が始まったら 自室で待機して私の方から110番するとか収まってから、様子を見る方が良いと言う話)をしたら、
収まって静かになってから様子をみたのでは、もう手遅れという事もありますよ・・と言われてしまった!

確かにそうだ!私も真っ青になった。

一通りの事情聴取が済んで、警察は引き上げた。
時間はもう5時過ぎになっていた。

次回に続く

プロフィール

maroon82

Author:maroon82
母はアルツハイマー、夫はレビー小体方認知症と診断されています。私は今60代に入り、残りの人生を何とか楽しく生きて行きたいと思っています。

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